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表現者は語る 日本画家・笹本正明

瞬浮世屋は、役者やミュージシャン、スポーツ選手など、ジャンルや国籍を問わず様々なシーンで活躍される“表現者”の内面にある想いを映し出す浮世絵を制作してまいります。そしてそれらの表現者の想い溢れる姿を描く画家の方々ものまた“表現者”なのです。画家という人たちは、絵を描くということをどのように捉え、そしてどのような視点でこの世界を見つめているのでしょうか?絵、もっと言えば色を表現手段として選んだ彼ら画家の心の内を、絵ではなく言葉で伝えていきます。

日本画家・笹本正明さんは、その温厚な人柄からは想像もつかない独創的な世界観を持った絵を描きあげます。瞬浮世屋の浮世絵制作プロジェクトでは、「アンジョルラス 昇天ノ図」の肉筆画を描いていただきました。オリジナリティ溢れるイメージを形にしてきた笹本正明という画家はどのような道を歩んできて、これからどのような道を歩んでいこうとしているのでしょうか?そしてその道の途中で浮世絵という伝統との出会いに今何を思うのでしょうか?

「版画にもともと興味があり、浮世絵についても昔から勉強していて、この話が来た時は自分から飛びついたくらいです。」と今回浮世絵制作を引き受けてくださった理由を語る笹本さん。また「自分の力で盛り返せるならと思って協力しました。」と父親が表具師ということもあり、現在衰退しつつある日本の伝統文化に共感するところもあったと言います。
力強い線描が特徴的な浮世絵。笹本さんも線の引き方は特に意識するところがあったそうです。「去年あたりから線を意識するようにはなったけど、今回浮世絵を描くにあたっては線をおろそかにせず、きっちり引くことを更に意識しました。」今回の制作で浮世絵制作に携わる職人さんたちの技術の高さに驚いたと言います。「当初肉筆画で描いた線は細かすぎるかなと思ったけど、ここまで彫り上げることができるんだと、とても感動しました。」

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頭の中に既にイメージが出来ていた


天から降り注ぐ白い光に包まれるアンジョルラス。大天使ミカエルがそっと彼の元に舞い降りる。
笹本さんは、アンジョルラスの浮世絵を描くに当たってレ・ミゼラブルの原作を全て読んだそうです。「あれは善人が死んでいく物語だったから、本を読んだときに既に頭の中に羽の生えた天使が魂を連れて行くみたいなイメージが出来ていたんです。」それは、普段描く笹本さんの絵にも共通しているところでした。笹本さんの作品は、ファンタジー映画を観ているようなどこか幻想的な世界観を感じることがあります。「特別現実の世界を再現しなくてもいいんじゃないかなって思っていて。描くときには、自分の頭の中にあるイメージとかを描くんです。それはゼロから考えに考えて構築したものではなくて、頭の中にすごく大きい鉄道模型のようなジオラマがあって、その世界の一部を描いているんです。」その空想の世界は、小さい頃の記憶が積み重なって作り上げられたものだと言います。「そういう世界が出来たのがいつなのかっていっても、それは子供の頃に本とかを読んでいくなかでいつの間にか出来上がっていったという感じでしょうか。ただ、自分が特別そういう世界を持っているということではないと思いますよ。例えば非現実的な夢を見たり、意識はしていないけど誰しもそのような世界を持っています。自分はただそれを意識して描こうとしているだけにすぎません。」作品の中に数多く登場する女性も現実の世界からインスピレーションを受けているものの自分の頭の中の世界にいる女性なのだと言います。「頭の中にある世界の中心に存在する、女神のようなものを描こうとしているんです。記憶の底の方にある小さい頃の様々な記憶が混ざり合い、発酵して、徐々にイメージが形成されていったんです。」

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飛躍の時

「絵に人生をかけた絵描きとそうでない絵描きの間には、相当な差があると思います。それは絵が分かる人にははっきりとわかるものです。」と笹本さんは言います。
笹本さんがそんな人生をかけた絵描きとしてのスタートラインにたったと初めて実感したのは、「駅」という作品を描いて初めて院展に初入選した時だそうです。「描きあげるまでにかなり苦労した思い出深い作品でした。」と当時の様子を振り返る笹本さん。「それまで描いていた絵は学生の絵。自己満足のためだけに描く分にはそれでよかったかもしれなかった。ただ、描いた絵を人に評価をしてもらって、それを売って人からお金をもらうということになると話は違ってきます。」「駅」という絵は、笹本さんが本気で絵と向き合い、目の前に高く聳える壁を必死で乗り越えようと足掻き苦悩するなかで生まれた作品なのだそうです。「院展は絵描きの登竜門。描いても描いても、これじゃダメだとわかったんです。それくらい自分のちからのなさを感じましたね。」
笹本さんはそれでも筆を置かずに描き続けました。そうしてどうすればいいかわからない中で、がむしゃらに描き続けた先に辿り着いた作品が「駅」だったのです。

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職人に近い絵描きになりたい

そもそも心から画家になりたいわけではなかったと笹本さんは言います。「子供の頃は大工さんになりたかったんです。あの頃は大工さんが物を作る人の中で一番えらいと思っていたんです。」というかわいらしいエピソードを話す笹本さん、実は芸大に行くことを決めたのは高校2年の冬だったと言います。「勉強が嫌いだったから普通の大学に行く気なんてさらさらならなくて、じゃあ自分に何ができるかって考えた時、人より絵を描くのが上手いってことだったんですよね。」親からは当然反対されたそうですが、すでに引っ込みがつかず、それしか選択肢がなかったそうです。消去法で画家という道を選んだ笹本さんでしたが、この選択によって自身の心の内に秘めた世界が花開いていくのです。そして今、笹本さんが追い求める画家としての姿とは何なのでしょうか?

「職人に近い絵描きになりたい。」と笹本さんは言います。「別に芸術性の高いファインアートを描きたいとも思わないんです。どちらかと言えば、茶碗を作るような感覚に近いですね。将軍家お抱えの狩野派とかが描いた一般の人には届かない絵ではなく、北斎のような一般の人が見てもわかる絵、楽しめる絵を描きたいです。」
そうして笹本さんは自分なりの絵描きとしての姿を追い求め、歩みを進めていったのです。その道の途中、自分の箍(たが)が外れる瞬間があったそうです。「<バードシリーズ>っていう手足が獣の天使を描いた絵があるんだけど、それを描いたときに何か突き抜けた感じがしました。それまではどこか現実に縛られていたけど、一から頭の中で描いていいんだなぁって思ったんです。周りの画家からは、それまでそんな絵を描く人がいなかったから『何だそれ!?』って言われたんだけど、それが売れたんですよね。絵を評価してくれた人がいたから、これでいいんだと思ったんです。それが今までで一番大きな突破口が開けた瞬間だったかな。」と言います。そもそも天使のつもりで描いたわけではなかったそうです。「自分の中では烏天狗のつもりで描いていたんですけど、そしたら周りから天使って言われて、あぁそうなのかなぁって思ったんです。ただ『アンジョルラス 昇天ノ図』の大天使ミカエルのような優しい天使ではないんですよ。」どうしてそのような姿をしているのか?それは笹本さんの頭の中にあるイメージを結晶させただけにすぎず、言葉では説明できないなのだと言います。

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絵で心の中を豊かにする

笹本さんが最終的に描きたいもの、それは宗教絵画だそうです。
「ミケランジェロの『最後の審判』やダヴィンチの『最後の晩餐』とか世の絵画の傑作ってみんな宗教絵画だと思うんです。ただ今ある宗教絵画にはちょっと限界あって、イスラム教徒が『最後の審判』を見るかっていうとそうではないでしょ。宗教で見る人が限定しない、どの宗教の人が見てもわかる絵を描きたいんです。」それは私たちが一般に想像するいわゆる宗教絵画ではなく、仏教、キリスト教、イスラム教などの特定の宗教のカテゴリーには属さない、それらを超越した絵なのです。「システィナ礼拝堂のようなバカでかいのは無理だとしても、ちょっとした部屋の壁面を4,5年くらいかけてみっちり飾るくらいの大がかりな絵を描いてみたいですね。そしてそこは教会やお寺ではないかもしれなけど、そこに入って行ったときに静かな気持ちになれる、そんな空間を作りたいっていうのが夢としてあります。」と胸に秘めた夢を語ってくれました。頭の中のイメージを描くというのも自分の夢に向かって集束していっているのだと言います。「宗教活動って結局自分の心の中を豊かにする営みで、だから昔の人々は教会やお寺に行って神父さんやお坊さんの話を聞いたりして心の中が豊かになっていく。宗教にはそういう役割があった。形はないけど心の中に何かが残るから意味のあること、価値のあることだと思うんです。そういうものを作っていくために今試行錯誤しています。」
笹本さんの手を伝ってキャンバスの上に描き出されるイメージ世界…そこは過去でも、現在でも、未来でもなく、仏教でも、キリスト教でも、イスラム教でもない世界でした。その世界は日々変化していきます。その変化の先には、いったいどのような世界が広がっているのでしょうか?一瞬先の未来すら暗い影が覆い尽くしている現実世界の中で、笹本さんが次にどんな絵を描くのか、想像するだけで胸がわくわくしてきます。

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笹本正明さん公式ホームページ:http://www16.plala.or.jp/HAL2006/

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