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表現者は語る

瞬浮世屋は、役者やミュージシャン、スポーツ選手など、ジャンルや国籍を問わず様々なシーンで活躍される“表現者”の内面にある想いを映し出す浮世絵を制作してまいります。そしてそれらの表現者の想い溢れる姿を描く画家の方々ものまた“表現者”なのです。画家という人たちは、絵を描くということをどのように捉え、そしてどのような視点でこの世界を見つめているのでしょうか?絵、もっと言えば色を表現手段として選んだ彼ら画家の心の内を、絵ではなく言葉で伝えていきます。

日本に存在する様々ないのちを映し出す画家・平子真理さん。愛らしい表情を捉えたかと思えば、思わず息を呑む鋭く厳しいまなざしなど、そこには様々な表情が映し出されています。瞬浮世屋の浮世絵制作ではジャベール「主よ」の肉筆画を描いていただき、岡幸二郎さんが想像するジャベールの虚無感にも似た儚い気持ちを見事に表現していただきました。平子さんが表現というものにかける想いとは?そして日本を心から愛する平子さんにとってこの浮世絵との出会いが意味するものとは何なのでしょうか?

伝統への想い

「今日本画だけでなく日本の伝統文化は“絶滅危惧種”が多い。それは素材なども含めて。これは人事ではないなと思ったんです。同じ手漉きの和紙を使い、高い技術を持っているけど、今ここで途絶えてしまったらおそらく次につながりません。職人が育つのには10年、20年という歳月がかかります。ここで伝統を絶やさないためにもお手伝いしたいと思いました。」平子真理さんが今回浮世絵肉筆画を描いた背景には、浮世絵に限らず今の日本の美術業界が衰退している現状への危惧からでした。

浮世絵と日本画、そこには大きな違いは存在しません。「日本画という表現は、洋画に対してされるようになったに過ぎません。」つまりは根底にある視覚文化は同じだということです。日本を心から愛している平子さんだからこそ、江戸時代から職人たちが脈々と技を継承していくことによって根付いていった日本独自の土着文化を未来に残していきたい、そういう強い想いが平子さんを動かしました。また、いち表現者として、世界に強い影響を与えた日本の伝統美・浮世絵を描いた江戸時代の表現者たちへの興味もあったと言います。「江戸時代、絵師といえば浮世絵絵師のことを指していました。今回の浮世絵制作は、江戸時代に将軍家のお抱え絵師ではない町絵師たちが、どのように自由闊達に動き回っていたのか?という町絵師への興味の延長線上で捉えています。」

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自分に暗示をかける

「ジャベールの浮世絵では、岡幸二郎という役者の存在感に強烈な印象を受けました。」【浮世絵ジャベール】は、画家さんが岡さんからジャベールという人間がどういう性格で、どういう思考をするのかを直接聞き、そこからイメージされる絵を描いていただいた絵です。平子さんは「岡さんの想いに主眼を置いて、岡幸二郎という役者に迫ろうと思いました。」と今回の浮世絵を振り返ります。平子さんが普段絵を描く時は、自分に暗示をかけて描く対象になりきるそうなのですが、今回も同様に自分に暗示をかけたそうです。しかし今回は単に役者・岡幸二郎になりきるだけではなく、「岡さんの熱狂的なファンにもなりきった」そうです。ファンという見る側の気持ちになって描くといういつもと違う視点をどう取りいれるべきか、そしてファンは何を見たいのか、ということでかなり悩んだそうです。

平子さんは今回の浮世絵について、「落ちて行く構図というのは、北斎などが得意とした不安定を感じさせる絵作りです。遠近法などの西洋絵画の手法に依らない平面的で斬新なインパクトある表現が活かせるのです。そういう部分が海外で評価されているのです。」
また浮世絵は省略の美術。どこまでも無駄を削り落とし、最後に残った純粋な線や色は写真では表現できない味わいがあります。「色は夜のシーンということもあって、青、白、黒でまとめ、空間表現もなるべく平面的な中にも距離感を出すと同時に、川には装飾的な水紋を配しました。」
こうして出来上がった浮世絵には、日本画家・平子真理が込めた幾層にもわたるコンテクストが絶妙に折り重なり、人の心に何かを訴えてくる力があるのです。

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共有しているもの同士が認め合える世界を求めて


ある画商との出会い。その出会いが平子さんの画家人生に大きく影響を与えました。
その画商は平子さんにこう言ったそうです。

『真の絵描きを目指すならば、古今東西すべてのものを網羅してよく見て、様々な時代の価値観を理解しなさい。』

「騙されたと思ってやってみよう思いました。」この時の決断が平子さんの絵描きとしてのあり方を大きく変えたとも言えます。それ以来、学校で学ぶ美術の枠を飛び越えて古い時代の美術やその時代の美意識や西洋絵画のことなど幅広い観点から物事を見つめ、その中からいろんな美を“つまみ食い”してきたそうです。「40歳過ぎた頃からは、この国の経済を何とかしないと文化が絶滅すると想い経済本を読み漁っています。」という平子さん。「絵描きは、生活必需品を生産しているわけでもなくて生活圏のそとにいると思われがちだけど、ところがそうではないのです。世の中で起きていること、みんなが考えていることを代表するって言ったら変かもしれないけど、共有しているもの同士が認め合える世界があります。そういうところまで自分の意識を持っていけたらいいんじゃないかと思って、アンテナをいっぱい立てることにしています。」と自分の周りの世界のあらゆるものを吸収していこうとする貪欲な姿勢が平子さんの制作の原動力となっているのだと思いました。

またその画商に紹介された、ある職人との出会いによっても平子さんのその後の画家としての歩みはさらに大きく変わったと言います。その職人は、多くの画商が手にした瞬間、物の良さ、凄さがわかる巻物を作る伝説的な表具師でした。どんな時代のものでもどんな技法の物でも最良の物作りが出来るのは、あらゆる素材の組合わせたデータと経年変化予想データが豊富な経験から蓄積されているからなのです。
同じパターンは2つ有りませんから、その都度1から柔軟に絶妙に組み合わせる。過去の成功体験を一掃して自由自在に組み立てる。
これは表具のみならず、紙漉き、筆作り、神業と称される職人の業に共通する能力です。
その仕事を目の当たりにした平子さんはこの時「日本画でもこれをやればいいんだ」と思ったそうです。「絵を描く時に、毎回素材単位にまで分解して、表現したい色調、絵肌、雰囲気に合わせて素材を組み合わせていくことができれば、どんなものでも表現できると思いました。30歳過ぎたくらいから、描きたい到達点に合わせて紙の性質から何から素材を入れ替えることができるようになりました。」
それから平子さんは、絵の成り立ちを毎回リセットし、素材と向き合うということを通して“表現”というものを貪欲に追及していきました。自分で実際にやってみることで体にそのデータを刻み込んでいくのです。は、まるで子供のように世界を体感している純粋なる表現者、そんな印象を受けました。

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日本の“へそ”を求めて

平子さんの絵には、この地に生きとし生けるものの様々な一瞬が映しだされています。
「日本人はいろんないのちを平等に見ることができます。人間が一番じゃありません。無意識に滝だとか動物だとかたくさん描いていたけど、いつも日本の根源を探し求めていました。探し求めていたものが見つかったというか、地に足が着いたなぁと感じたのは、35歳の時です。」だと言います。
平子さんが動物たちの動いている瞬間、つまり筋肉の伸縮、関節の可動の具合、重心の位置などが計算しつくされた構図が描かれているように感じます。「私の頭の中には平面画像を3次元で捉える装置があり自在に回転させられます。漫画家やアニメーターが普通に持っている回路です。
「昔の人はこの能力が高かったと思います。カメラや映画は無かったのですから。写真的な写実性よりも、強い印象の動きが表現出来れは良いのです。」人間を含むありとあらゆる生命を、感じるがままに描写してきた目線で世界を見つめる平子さんが映し出す日本の根源には、そこに生きづくものの命の鼓動が感じられるのです。

町絵師でありたい

画家・平子真理は自身の心のキャンバスにどんな画家像を描いているのでしょうか?
「町絵師でありたい。」
と平子さんは言います。
「一番恥ずかしいことは、ふたを開けたときに中身が何もないこと。実のない名ほど惨めです。」
平子真理という箱の中には、ふたを開けたとき、中身はきっと楽しくて面白くて、そして驚きがいっぱいのたくさんおもちゃが入っており、これからもどんどん新しいおもちゃが入っていくのです。だから人々は常にその箱に夢中になり、その箱から離れられなくなってしまうのです。これからもずっと…。
江戸時代、自由闊達に駆け巡った名だたる浮世絵師たち…。
今、その江戸の表現者たちの想いが一人の日本画家によって受け継がれようとしている、そんな印象を受けました。

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平子真理さん公式ホームページ:http://www.hirakomari.com/


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