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伝統を受け継ぐ人々 vol.2

瞬浮世屋が伝えたい役者の“想い”。そこにはそれを伝えようとする人たちの“想い”があります。このコンテンツでは長年の修行の果てに磨き上げた技で黙々と仕事をこなす職人たちの心。職人たちの目に映る浮世絵の世界とは?作品の上には決して現れない職人たちのリアルな想いをお伝えします。

「伝統を受け継ぐ人々 vol.2」は、彫師・関岡祐介さん、菅香世子さんのお二人へのインタビューの模様をお送りいたします。小刀やのみを自在に操り、桜の木の板上に力強くも繊二人の目には、今回の瞬浮世屋の浮世絵制作はどのように映ったのでしょうか?

関岡祐介さん

「受け継いだ父の意志」

関岡さん曰く、復刻浮世絵から脱却しようと時代のリアルな情景を映し出した浮世絵を制作しようとする動きではなかったと言います。新しい浮世絵を制作しようとする版元は少なからずあったようです。関岡さんの父親もその中の一人でした。関岡さん家系は代々摺師だったのですが、「江戸時代の風俗を描いたものだけが浮世絵ではない。その時代その時代に存在する様々な物・人・風景を描いてこそ浮世絵だ。」という想いから自ら版元となって昭和という時代を映し出す浮世絵の制作に乗り出しました。結局この浮世絵制作事業は、時代の流れについていくことができず、復刻事業にとって代わることはありませんでした。しかしそういう父の意志を受け継ぎ、版元と彫師で関わり方こそ多少違うものの、息子の関岡さんが今こうして瞬浮世屋の浮世絵制作プロジェクトに携わっているということには何か運命的なめぐり合わせを感じざるを得ませんでした。「やっぱりコピーコピーを繰り返すだけでは新しいものは生まれない。」関岡さん自身も父の浮世絵制作に取り組む姿を見てきたということあって、瞳の奥底で見据える先には父親と同じような世界なのだということをこの取材を通して感じました。

「クリエイティブな浮世絵制作」

瞬浮世屋の浮世絵制作プロジェクトはその世界に近づく、もしくはそれを超えた世界をつくりだす可能性を秘めたプロジェクトだといえます。単に今までの浮世絵の制作工程を踏まえて新しい浮世絵を作るというより、伝統技法を踏襲した上で、それを超えたよりクリエイティブなプロセスを経て芸術性の高い浮世絵を制作するプロジェクトなのです。「みんなで新しく浮世絵を作るっていう過程は、楽しくてとてもクリエイティブなものだった。」と語る関岡さん。復刻浮世絵の場合、すでに版画としてのオリジナルがあるため職人たちにとっていかにオリジナルと同じものができるかが大事であるため、純粋に技術だけがあればよかったのですが、瞬浮世屋の浮世絵の場合は版画としてのオリジナルがないため、画家の先生方が描いたものを木版画としてどう表現していくかというところから考えていかなければならない、と言います。「例えば【ジャベール「主よ」】は青みがかった絵だけど、版画だから色をどうやって分けるかを考えたり、版木に彫り起こす際に原画の線を調整したり彫師の判断でできる部分が多くて面白かった。線も復刻浮世絵なんかは、髪の毛の細かい毛先の表現って際の5mm〜10mmくらいが大変なんだけど、今回はそれがすごく長くて、カーブしていたり交差していたりしてかなりやりがいがあった。」そうして試行錯誤しながら一から浮世絵を制作していく過程は、職人たちをクリエイティブな制作現場の中で成長させ、浮世絵木版画の可能性を広げていくだろうとおっしゃっており、今後の浮世絵制作にも期待を寄せているのが伺われました。

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「職人たちの想いを乗せて」

かけそば一杯程度だった江戸時代のころの浮世絵が、19世紀ヨーロッパに渡り芸術的観点から浮世絵の表現手法、ひいては浮世絵の中から垣間見える日本独特の視覚文化が評価され、ヨーロッパを熱狂させる芸術作品となりました。しかし瞬浮世屋が手掛ける浮世絵は、その歴史の延長線上にあるわけではありません。ヨーロッパで形成された浮世絵の芸術的価値に固執するのではなく、常にその時にしかないオリジナルな価値を求め続けていくこと、これが江戸時代に生まれた浮世絵が平成という時代の中で存在し続けていくために必要なのではないかと思います。オリジナルな価値とは、そしてそもそも浮世絵とは何なのか?これが正解というものはおそらくないのだろうと思います。制作に携わる人たち皆が納得したもの、これが正解に最も近いものなのかもしれません。だからこそ画家の先生方、彫師、摺師、版元の間でどれだけ想いを共有できているかが重要なのではないかと思います。関岡さんは今回の浮世絵制作の中でそういった意志疎通面での難しさを感じたと言います。「頭や体で分かっていてもそれを言葉にして伝えることは難しい。言葉にすると微妙にニュアンスが違ったりする。だけれども皆で相談しながらやっていかなければいい作品はできないと思う。」浮世絵は一人では作れません。版元監修の下、絵師(画家)、彫師、摺師の手を経て作り上げられるのです。その過程は今も昔も同じです。絵師(画家)から彫師へ、彫師から摺師へと制作工程が進む中で引き継がれていくのは物だけではなく、同時にそこまで携わってきた制作者の想いも引き継いでいっているのだと言えます。そして制作に関わってきた人たちの想いが積み重ねてきたからこそ、人々の心を打つ浮世絵が出来上がるのだと思います。

・ 菅香世子さん

一人前の彫師の中では、最も若い女性彫師・菅香世子さん。菅さんが彫師の道に足を踏み入れ、修行に励んだ弟子時代を経て一人前の彫師となり、日々様々な浮世絵の仕事をこなしていき、今回瞬浮世屋の浮世絵制作プロジェクト【ジャベール「星よ」】【コゼット「父よ 光よ」】にも協力していただいています。これからの浮世絵界を担っていくであろう若手彫師は、どのようにして浮世絵に出会い、どのような過程を経て今に至るのでしょうか?そして菅さんの瞳には、今浮世絵界はどのように映っているのでしょうか?

「木を彫る仕事がしたかった。」

菅さんは高校時代、グラフィックデザインなど印刷関係の学科を専攻していましたが、将来は機械印刷関係ではなく、「木を彫る仕事に就きたい」と強く思っていたそうです。進路相談で先生から摺師の卒業生を紹介され、一度見学に行き、浮世絵の世界に触れました。この時見学に行ったのは摺りの現場でしたが、この時「木を彫る仕事に就きたい」と思っていた菅さんは、浮世絵の“彫り”という仕事にとても興味を持ちました。その後荒川で行われた伝統工芸展で彫師・関岡祐介氏に出会い、弟子入りをお願いして本格的に彫師の世界に入りました。

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「弟子入り〜独り立ち」

弟子入りして最初に親方から課せられた課題は、彫道具の柄を作ってくることだったそうです。もちろんただ作ればよいわけではなく、握ったときに自分の手にしっかりフィットするように作るのです。道具は職人の命です。自分と版木をつなぐ道具であり、これから共に修行を乗り越えていくパートナーを一番最初に自らの手で作るという作業は、これから歩み始める彫師という長い道のりの第一歩として非常に重要な意味を持つものだと言えるのではないでしょうか。その後稽古彫りとしてなめらかな曲線を持つ文字が並ぶ「仮名手本忠臣蔵」の版木を彫るそうです。「仮名手本忠臣蔵」の彫りは、曲線が多く、刃の入れ方や力加減などを身につけるのには非常にいいそうです。最初は曲がりくねった仮名を彫るのに悪戦苦闘していたらしく、何度も刃が折れていたそうです。また彫り続けていけば刃の切れ味も落ちてくるのでその度に刃を研ぐのですが、これがなかなか大変らしく、納得のいく刃先にならず一日中刃を研いでいたこともあったそうです。徐々に「さらい(のみで余白部分を削り取る比較的簡単な作業)」など親方の仕事を手伝いながら2年ほど稽古彫りをしていたそうです。その後さらに3年間の修行と2年間のお礼奉公を経て独り立ちし、彫師・菅香世子が誕生しました。ひとり立ちした当初は、親方から仕事をもらったりしていたと言います。「7年、8年彫りをやっていたくらいでは、彫師としてはまだ周りからの信用は高くはない。10年くらいやって初めて認めてくれる。」

「伝統のあるものをやるということ」

菅さんは最近になってようやくおよそ250年の歴史を持つ浮世絵の伝統の重みを感じてきたと言います。「今までは自分のことだけでいっぱいだったけど、それじゃあだめなんだなぁって思い始めた。自分の持っている技術を誰かに教えていかなきゃいけないのかなぁとか。まだ自分は誰かにものを教えられるほどの立場にはいないけど、いずれは下の人のこととか考えていく必要があると思う。伝統的なことをやるというのはそういうことなんだと思う。」

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「今まで積み重ねてきたものがあるからこその難しさ」

一人前になったとしても彫師としての修行は終わりません。職人と呼ばれる人々は、己の技を一生かけて磨いていくものなのだと思います。師に習い、仲間と切磋琢磨し、時に己を省み、常に現場の中で修練を積み重ね、そして次の世代へと継承していく、そんな職人たちの伝統があるからこそ浮世絵の“今”があるのではないかと思います。江戸時代から親方から弟子へ、人から人へと受け継がれていくことおよそ250年。「求められているもの以上を出せるかどうかが大事」と言う菅香世子さんには、浮世絵の伝統の意味を実感し、これからの浮世絵界を担っていくという覚悟が感じられました。伝統から「はみ出しすぎても固執しすぎても衰退していくだけだと思う。今まで積み重ねてきたものがあるからこそ、なかなか冒険しづらい世界で難しいところではあるけれど、これはできないと決めつけず、できることはやっていきたい。」と静かにこれからの自分の歩むべき道を見据えていました。

菅さんは、今日もまたその手に握った小刀で版木に向かいます。そして意識を集中させ、フラスコの中にためた水が放つ光に照らされながら、板を削っていくのです。
大きな可能性を秘めたその手で浮世絵の未来を刻んでゆくかのように…。

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摺師・板倉秀継、伊藤達也

日本画家・平子真理洋画家・広田稔日本画家・笹本正明